こじれるコンプレックス

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こじれるコンプレックス

ラジオを中心に好きなことを自由に書いているブログ

自分が正しい、と思って当たり前。

わたしは、基本的に「自分が正しい」って
思う(or 思いたい)からこそ、
色んな人が自分の意見を主張するのだと思っている。
ある意味、自分の正当性を確かめるために。
 
中には、自分の意見が正しいことを強調するために、
反対の意見を言う人を名指しで叩くような言動もある。
匿名掲示板にあるような意見から、
新聞や雑誌のようなマスコミの意見。
かなり強い言葉でなじる、なじる。
 
「何を言ったかより、誰が言ったかの方が大事だ」
という意見もあるし、身に覚えのある人も多いと思う。
確かによく分からない一般人より、
スポーツ選手とか作家とか、著名人の言う言葉の方が
重みがあるような気がしてしまう。
たとえ同じことを言っていても。
 
ただ、当事者にとっては、誰の意見かは
案外重要ではない。
どこの馬の骨か知らないような誰かの意見だろうが、
影響力すさまじい大物の意見だろうが、
その人にとって、言葉の威力は変わらない。
 
「子供を作らない人は、自分の国に貢献しない人間だ」
 
この言葉をぶつけられることで、傷つく人はどんな人か、
想像できるだろうか。
 
そして、この言葉を言った人が政治家だとか、
身近な人だとか、あるいはネットの書き込みだとか、
ということは、その人たちにとっては関係ない。
 
ただ、「そんな意見を持っている人がいる」という事実に悲しんだり、
「こんな意見を持つ人はもっといるかも」という不安に苦しんだりする。
 
言葉の紡ぎ方次第で、人に寄り添うこともできれば、
斬り付けることだってできる。
諸刃の剣だからこそ、自分が主張する時でも、
使う言葉には敏感でありたい。