こじれるコンプレックス

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ラジオを中心に好きなことを自由に書いているブログ

ニュースに対するコメントに感じる不愉快さ

私はニュースサイトのコメントを見るのが好きじゃない。
Yahoo!ニュースのコメント欄って何もしないとオープンになっていることがあるけれど、そんな時は速攻で非表示のチェックボタンをクリックする。
 
ニュース記事をTwitterなどのSNSで気軽にシェアできるようになっている時代。
誰でもすぐに物申せるようになってきた。
たぶん、それはいいことだ。
 
ただ、Twitterのコメントを見ていても、正直ためになったとはあまり思えない。
基本的にその人の思い込みを前提にしてコメントしているような気がして、何となく不愉快になる。
割とポイントがずれてるなって分かるのに、分かったような顔したコメントを見ると、余計……。
 
特に、気に入らないものに対してすぐレッテル貼りするようなコメントは本当にどうかと思う。
すぐ「左翼」「偏向」「売国」「反日」でまとめたがる人っているよね。
そんな言葉を使っている時に限って、随分思考停止してるよな、って思わされる文面な気がする。
 
最近はNHKの夜のニュース番組でも、視聴者の意見としてツイートを矢継ぎ早に流している。
ニュース映像や桑子真帆アナウンサーに目をやるべきだと思いつつ、数秒単位で変わるコメントについ目が行ってしまう。
何も常時表示しなくても、ニュースの紹介が一通り終わった後で少し取り上げるくらいでいいのではないか。
 
FacebookとかNewsPicksとかみたいに、実名でコメントできる場合なんかは、余計不愉快である。
Facebookで会社の先輩が政治ニュースに関してコメントしていることが多くて、しかも特定の政党寄りな発言ばっかりしていたらどうだろう。
仕事には関係なくても、「ああ、そういう思想の持ち主ね……」と何となく接し方に気を遣ってしまわないだろうか。
 
特に政治的にデリケートな問題だとなおさらひどく、「そんな感情的で根拠も薄いコメント、よく恥ずかしげもなく名前と顔を出して言えるな……」と呆れることもある。
匿名ならまだしも、実名で顔が見えると、ずいぶん生々しい。
 
でも、ニュースに対するコメントって私も時折しているし、何か一言言いたくなる気持ちは、誰にでもある。
 
ニュースを当事者のように問題意識を持って考えることは大事だと思う。
ただ、脊髄反射的にコメントしても、読む人の共感を得られるかは別である。
 
そんなコメントに寄ってくるのは以下の2タイプの人たちじゃないだろうか。
  • 脊髄反射的に反応して応援する(≒アンチを攻撃してくれる)人たち
  • 脊髄反射的に反対してひどい言葉を言う人たち
 
結局、似たもの同士くっつき合う、ということだ。
お互い、冷静に考えることをする気がないので、絶対に分かり合えない。
まともな議論なんてできないのだ。
 
果たしてそれはいいことなのだろうか。
ただただ疲れて消耗しただけでおしまい、だったりして。