こじれるコンプレックス

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こじれるコンプレックス

ラジオを中心に好きなことを自由に書いているブログ

書けば書くほど平凡だと気付く、でも。

ブログをまた更新するようになったこともあり、私はまとまった文章を書く機会が増えた。
そして、長い文章を書くことに対して少し心理的なハードルが下がったような気がする。
 
しかし、文章を書けば書くほど、自分は平凡な視点しか持っていないんだな、ということに気付く。
 
私は興味を持っている範囲が決して広い訳ではない。
そして、その興味を持っている範囲ですら、分からないことや気づいていないことの方が圧倒的に多い。
 
「浅く狭く」みたいな、水たまりのような知識である。
ゆくゆくは水槽、池、湖のように面積を広くしたいけれど。
 
その点、他の人のブログやレビューサイトは読んでいて刺激になる。
 
舞台や映画の感想を見ていると、「そんなところにまで目が行くのか!」と思うことはしばしばある。
俳優さんの細かい動き、ストーリーの意図、カメラワーク……。
本当によく観てるなと感心するし、私もこの洞察力を見習いたい。
何より、対象物に対する愛が文章から伝わってくる。
 
書評についても、「なんでそんなところまで細かく考えられるんだろう」とその考察力に驚くことが多い。
普段、ここまで考えて本を読んでいるだろうかと、改めて私の読書の仕方を振り返る。
 
私だってその対象物に対する愛はあるはずなのに、なかなか平凡な視点を抜け出せない。
 
もしかしたら、その原因はまだそんなに文章を書いていないからなのかもと思っている。
インプットをしていても、アウトプットがいまいちできていない内は、感想も「良かった」くらいしか出ない。
だけど、アウトプットを意識すると、チェックすべきポイントとか、気付けることが増えるのではないか。
 
毎日長文の記事をいくつも書いている人たちに比べれば、更新頻度が高い訳でもない。
(一応毎日1記事を目標にはしているけど……。達成できるようになったのはここ最近)
ましてや、長く続けている訳でもない。まだ1年も経っていないのだ。
 
毎日やっている人には叶わない、長くやっている人にも叶わない。
そんな当たり前のことに気づくと、「まだまだで当然」と開き直れるような気がした。
ただ、いつまでも「平凡でいいですから」と開き直るのは、読んでいただく人に対しても失礼。
 
何より、そんな姿勢だったら誰にも見せない日記でいいはず。
なぜ誰でも見られるブログにしているのかを、改めて考えたい。
 
だから、せめて平凡から少し抜け出したい。
そのためには、これからも書き続けていくしか道はないな、という結論。
 
継続すると、もしかしたら今まで見えてこなかったものが見えてくるかも。
もしかしたら、書き続ける内に、色んなことに気付けるようになるかもしれない、と思いながら私は書き続ける。