こじれるコンプレックス

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こじれるコンプレックス

ラジオを中心に好きなことを自由に書いているブログ

Facebookで政治の話をしている人って、ヤバイ人…?

Facebookで政治の話や、社会的な話題に言及する人がいる。
新聞社の投稿をシェアしたり、コメントをつけたり。
 
冷静な視点で、言葉を選んでいる人のコメントならまだいいし、ためになる。
中には本名でしかも顔写真を出すFacebookで、「よくそんなこと言えるな」って思える投稿をよく見かける。
だから、私はFacebookでニュースの話題をしたくないし、コメントも見たくないのだ。
 

自分とは違う立場を徹底否定する常套手段

この手の投稿をする人は、立場を理解する姿勢もなく徹底的に否定することで、自分が正しいことを主張している。

那覇市の同性パートナーシップの件に関しては、同性愛に対する偏見に満ちたコメントが見受けられ、複数件「いいね!」を集めていた。
 
政治的な問題に対しても同様で、自分の主義に合わないことを徹底的に断罪して発言して、賛同を得るのが常套手段である。
 

一体誰がこんなことを言っているのか

極端なコメントをしている人のプロフィールを見てみると、特定の思想にかなり偏ったことが写真や文章からびんびんに伝わってくる。
「この人と関わったら、かなり面倒臭いだろうな」と思うし、プロフィールページを見るだけでどっと疲れる。
仕事で顔を合わせるような人だったら、余計気を遣う。
 
たぶん、直接お会いすれば至って普通の人なのだろう。
しかし、ネット上ではとても普通には見えず、「極端な思想を持っているヤバイ人」と思ってしまう。
 
果たして、「私はこういう極端なことを言う人間です」というセルフイメージを与えることで、一体何の得になるのだろうか。
普段の会社が忙しいから、政治団体を立ち上げて排外主義を訴えたり、YouTuberになって愛国とは何かを教えるほどの気力はないくせに。
もしかしたら、Facebookのコメントが炎上して収益になる、っていう稼ぎ方があるのかしら。
 
でも、コメントしている人たちは大抵、きっとそんなことを考えていない。
その人たちは「自分こそ愛国者であり、正義に満ちた、中立な思想を持っている人間なのだ」と信じて疑っていないのだから。
極端なことを言っている自覚は全くない。
 
そして、正しいことを言っていると信じる以上、非難される理由も分からない。
むしろ「俺を非難する連中は分かってないクズ」みたいに思っている。
 

都合のいい情報しか得られなくなる恐怖

インターネットは自分で情報を取りにいくことができる。
注意しない限り、得る情報も自分が好きなもの、自分にとって都合がいいものに偏っていく。
 
そのくせ自覚がないから、「私は色んな情報を調べて考えた上で言っているんだ」と勘違いしやすい。
所詮、特定のフィルターやバイアスがかかりまくった情報しか得てないくせに。
「自分は中道」と思いながら、どんどん思想が偏っていく過程は本当に恐ろしい。
 
私はまだそんな人たちに比べれば、色んな視点から情報をとって考えているつもり。
だけど、もしかしたらもう特定の思想に侵食されているのかもしれない。
気をつけよう。