こじれるコンプレックス

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こじれるコンプレックス

ラジオを中心に好きなことを自由に書いているブログ

ひとりごとをつぶやくことに価値がある人とない人の違い

SNSとの付き合い方

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140文字でゆるくつぶやくのが、Twitterの醍醐味ではある。
Twitterをぼんやり眺めていると、まさにただつぶやいているだけ。
そんなツイートを目にすることがある。
 
誰に訴えかけたい訳でも、聞いてもらいたい訳でもなさそうな、ひとりごとみたいなツイート。
例えば、何の脈絡もなく「パスタ食べたい」とか。
(番組を見て)「◯◯ずっと出番ない笑」とか。
 
正直、自分には関係のない、「知ったこっちゃない」というツイート。
そんな風に言ってしまえばそれまでなんだけど、案外たくさんのいいねを集めている。
なぜだろう。
 

有名人のつぶやきは喜ぶ人がいるから価値がある

有名人だったら、たくさんいいねやリツイートを集めるのは理解できる。
「パスタ食べたいな」だったら、「私も!」と、好きな有名人と同じ気持ちを思ったことに喜ぶファンがいる。
「◯◯ずっと出番ない笑」だったら、「あの番組、私も見てるよー」と、好きな有名人と同じ番組を見たことに喜ぶファンもいる。
 
有名人の言葉を待っている人がいる限り、どんなつぶやきにも価値があるのだ。
だから、そのつぶやきを待っていた人たちがいいねなり、リツイートなり、リプライなりをしてくれる。
 

素人のどうでもいいつぶやきは「知るか!」でおしまい

だけど、「パスタ食べたい」とか「◯◯出番ない笑」みたいな感想って、誰がつぶやいたかは関係なく、正直毒にも薬もならない。
そんなつぶやきを、どこの馬の骨か分からないような人がつぶやいたところで、喜ぶ人はいない。
 
よく分からない人のしょうもないつぶやきは、よっぽど共感や面白さを覚えない限り、華麗にスルーである。
もちろん、いいねはしないし、リツイートなんてもっとする気にならない。
「私も同じこと思いました」なんて、ご丁寧にリプライなんて返す訳は更にない。
 
ただ、当たり前過ぎるこの法則を、ついうっかり忘れてしまうことがある。
そして、「あんな仕方ないつぶやきでもあの人は反応がいいのに、なんで自分がやるとさっぱりなんだろう」と考え込んでしまう。
こんなに意味のない悩みはないのだけれど。
 
一般人が芸能人と同じことをしていたって、何にもならない。
むしろ、周りからは「ちょっとイタい人」に見られてしまうかも。
 

自分のつぶやきに価値を持たせるには、普段の心がけから

逆に、自分のつぶやきに共感してもらう人を増やしていくには、普段からの心がけが必要だということになる。
着実にフォロワーを増やして、共感してもらえるようにしていく土台作りが欠かせないのかも。
 
具体的には、まめにリプライを送ってコミュニケーションを図るとか、一定の価値観に基づいたツイートを継続して発信して、支持を広げていくとか。
しかし、かくいう私も、そんな努力をちゃんとできていないので、人のこと言えないが……。