こじれるコンプレックス

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こじれるコンプレックス

ラジオを中心に好きなことを自由に書いているブログ

【読書】この話の主人公は、あの頃の私なのかもしれない/加藤千恵「ラジオラジオラジオ!」

加藤千恵さんの小説「ラジオラジオラジオ!」を先日読了した。
10代後半の頃に感じていた感情と、主人公の感情がマッチしているような気持ちになりながら、ページをめくり続けていた。
目次
 

あらすじ

地方都市に住む高校生のカナとトモは、地元FM局のラジオ番組のパーソナリティを週1回務める。
カナはテレビ局で働くのを夢見て、そのために東京の私大へ行くことを強く希望する。
一方、トモは地元の大学に進学しようとしていて、2人の夢は次第にすれ違っていく。
 

ポイント

  • かつての自分に当てはまる気がしてしまう主人公の痛々しさ
  • 2001年を知っている人には懐かしい曲、出来事、ツール
  • 「自分を中心に世界は回ってる」と思いがちな人にこそ響く
 

かつての自分に当てはまる気がしてしまう主人公の痛々しさ

正直な感想、主人公のカナはとても痛々しい
運営しているホームページのタイトル、ラジオ番組で自分の名前の漢字を説明するくだり。
そして、トモが「ラジオを休む」と宣言した後の放送で言った、トモがラジオを休む理由。
 
そのどれもが、いちいちスベっている。
そして、「私って、面白いでしょ」「私の見方って、鋭いでしょ」と、口にはせずとも主張しているようで、余計に痛々しい。
  
ラジオでうまくトークを回そうとしたり、ホームページで番組の感想を書いたり。
そんな行動は結局、「誰かすごい人が自分を見つけてくれて、業界で働く人になれるかも」という気持ちから、あれこれもがいているのかも、と思う。
 
でも、「これってかつて自分が高校生だった頃も、同じことを思っていた……」とふと我に返り、恥ずかしくなる。
 
あと、「東京に行けば人生が広がる」という、東京に対する幻想を持っているところもダブってくる。
 
それでも、ラジオ番組のオーディションに参加するなど、行動しているカナの方がまだまし。
自分は過去問をまともに見てすらいないのに、「東京の有名私大に合格できる」なんて変な自信はあったから、余計痛い……。
 

2001年を知っている人には懐かしい曲、出来事、ツール

aikoさん、宇多田ヒカルさん、ポルノグラフィティ……。
同時多発テロ事件など、はっきりと描写されている2001年の出来事やヒット曲
 
携帯電話のパケット定額制もなければ、家のインターネットだってまだ完全には定額じゃない時代。
この当時を知っている人にとっては、本当に懐かしい。
 

「自分を中心に世界は回ってる」と思いがちな人にこそ響く

懇意にしているリスナーを「恋愛経験がない」とか、FM局の重役の人を「ラジオは片手間でやっている」と決めつけたり。
トモが地元の大学に進学しようとしていることを「もったいない」と内心見下したり。
 
そのくせ、他人のこととか、とる行動の背景は見ようとしていない。
「自分がこう思うなら他人もそう思うだろう、逆になんで思わないの?」とでも言いたげな感じ。
 
まさに、「世界は自分中心で回っている」という浅はかな考え。
自分だけしか見ていない。
 
しかし、「自分のことだけしか見えていない」ということは、ある出来事がきっかけでカナも気付く。
その二つは、金メダルと銀メダルみたいに違っていると思う。そして金と銀なら、どっちがいいか明らかだ。
と、「テレビとラジオならテレビがいいに決まってる。ラジオは次のステップのためにやっているもの」と考えていたカナが、その出来事を受けて、どうラジオに向き合っていくのか。
 
そしてトモとの夢のすれ違いをどう受け止めていくのか、といったところに注目して読んでいくと、最終的にはカナを応援したくなった。
 

まとめ

以上、加藤千恵さんの「ラジオラジオラジオ!」について感想を述べてみた。
 
実際、著者の加藤さんはかつて、このタイトルのラジオ番組を高校生の頃にやっていたという。
同級生とやっていたことも共通するほか、実際に2001年時点は高校3年生。
 
ただ、放送時期は作品で描かれている時期とは微妙にずれる。
また、加藤さん自身はこの頃から歌人として作品をネット上で発表し、高い評価をされていた。
 
経験こそ共通するものの、実績の面ではカナとは全く異なる。
 
「自伝めいたものかしら」と勝手に先入観を持って読んでしまい、なんか申し訳ない……。